歴史・浄土真宗の教え
歴史 これまでの淨円寺、そして、これから
1566(永禄9)年、毛利と尼子の『月山富田城の戦い』にて、日高平太郎勝房が往生しました。その息子である日高弥藤兵衛は、亡き父を偲び僧侶となり、法名釋了照(一部史料では亮昭)と名乗りましす。
そして、1615(元和元)年に、現在の宇部市中山の山中にあった禅寺の古跡、宝珠庵を宝珠山淨円寺として建立しました。これが淨円寺のはじまりです。その後、江戸時代を通じて地域のお寺として護持され、明治時代へ至るまで、約300年間続きました。
1912(大正元)年、沖ノ山炭鉱等で人口が増えお寺が必要との要望を受けて、現在の地、上町へと移ることになりました。当時は、中山のご門徒の方々が、ご本尊の阿弥陀仏像をはじめ多くの仏具を背負って、ここまで運んでくださったと聞いています。
それから、第二次世界大戦中の空襲でも火災を免れ、100年が経ちました。そして、開基400年を記念して、ご門徒のための納骨堂を新築し、2015(平成27)年には記念法要も勤修し、多くの方々にお参りいただきました。地域社会は様々に変わっていきますが、心の支えとなるお寺の存在意義にに変わりはありません。
中山での300年、上町での100年を通して、先人の方々が拠り所とした淨円寺と浄土真宗の教えをしっかりと受け取り、次世代へとご一緒に伝えてまいります。
1615年 |
淨円寺 開基 |
---|---|
1912年 |
宇部市上町(現在の場所)へ移築 |
2013年 |
淨円寺開基400年記念事業 淨円寺納骨堂 完成 |
2015年 |
淨円寺開基400年記念法要の開催 |
浄土真宗 その教えとは…
浄土真宗は、阿弥陀仏によって私たちが仏となることを聞いていく宗教です。そこには、苦悩のつきない私たちの姿と、その私たちをすくいたいと願い、常にはたらく阿弥陀仏の智慧と慈悲がありました。そして、阿弥陀仏によって浄土に生まれ仏となった方々も、阿弥陀仏とご一緒になって私たちを見護り導いてくださっています。
そんな仏の世界を「南無阿弥陀仏」と念仏する中に生きていくのが浄土真宗の教えを受けた者の姿です。悲しみも、苦しみも尽きない人生ですが、ぜひ、この「南無阿弥陀仏」の世界とご一緒に歩まさせていただきましょう。
浄土真宗の教章(私の歩む道)
宗名 |
浄土真宗 |
---|---|
宗祖 |
親鸞聖人 |
宗派 |
浄土真宗本願寺派 |
本山 |
龍谷山 本願寺(西本願寺) |
本尊 |
阿弥陀如来(南無阿弥陀仏) |
聖典 |
・釈迦如来が説かれた「浄土三部経」 |
教義 |
阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり、迷いの世に還って人々を教化する。 |
生活 |
親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来の み心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。 |
宗門 |
この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。 |